ビルの間を
多くの人々で賑わう休日、ファッションビルの立ち並ぶ街を二人で歩く。
「寒っ」
近道のために少し狭い路地に入った瞬間、鋭く刺さる風には身をすくめた。
「近頃急に寒くなったね。あ、でも、カミュにはこれくらいの寒さどうってことないのかな」
氷の闘士である彼は、シベリアで長い期間暮らしていたのだと、そう語っていた。
「そうだな。本当の寒さというのは、こんなものではなくて・・・」
不自然な言葉の途切れに隣を見ると、カミュは何気なく空を見上げていた。
−思い起こすのは、深淵なる闇の底、命も希望も失われた世界。
再び生を与えられた際、それらの記憶は曖昧に濁された。これも神の慈悲だったらしい。しかし、暗く蠢く不気味なイメージとなって心の深い場所に刻み込まれたのが、かえって底知れない寒々しさを呼び起こす。
今となれば、シベリアの厳しい気候ですら、優しかったと言えるのだ。
「どうしたの、カミュ?」
「いや、何でもない」
カミュは身振りで彼女を促し、少し足を速める。
それ以上の言葉はなくとも、強いビル風に翻るコートとマフラーが、には印象深く映った。
何を抱えているのだろう。
何を見て、何を感じて来たのだろう。
まだまだ、知らないことが多すぎる。
(もっと知りたいな・・・この人のこと。これから、もっとたくさん)
この願い、叶えられるなら。
祈りにも似た気持ちで、少しだけ先を行くカミュを見つめるの視界を、ふわり白いものがかすめた。
「あ、雪!」
子供のように大声を出し、上を見上げる。
どんよりとした空。ひゅうと吹き抜ける風に混じり、小さな白い粒が舞い踊る。
「雪だ〜」
「初雪だな」
弾む声に表情を優しくし、カミュはすっと左手を出した。によく見える位置で手のひらを上に向け、素早く通り抜けようとする雪のひとひらを留まらせる。
何だろう、と覗き込むの目の前で、たった一粒の雪ははっきりと結晶を形作り、きら、と光を放った。
「うわあ!」
その幻想的な美しさに、息をのむ。
「きれい、ちょうだい!」
差し出された両手に輝く雪の結晶をこぼしかけてやるが、の手に触れるか触れないかのうちにすっと融けてなくなってしまう。
「あーあ」
「雪は宝石じゃないから、取ってはおけないよ」
「じゃあ、もう一回やって!」
リクエストに応え、光る小さな結晶をもう一つ作って見せる。さっきのように、は目を輝かせた。
「すっごーい! カミュって奇術師みたい! ショーやればお金取れるよ!」
せめて魔術師と呼んで欲しかったと苦笑しつつ、手を下ろす。
「大勢を喜ばすつもりはないさ。けど、こんな小さなことでも君が喜んでくれるなら」
さり気ない言葉の、その裏を読みたがり、じっと見上げてくる。目を逸らしたりはせず、カミュは呟いた。
「・・・昔、弟子たちが子供だった頃も、よくこれで大喜びしてたものだ」
「えー、あたしって、子供と一緒!?」
単にからかわれているだけだと分かっているのかいないのか、はちょっと、ムッとした顔を作ってみせる。
と、急に暖かさに包まれた。
カミュのコートの懐にすっぽり入っている、と気付いたとき、あまりの急接近に気が遠くなりかける。
「カ、カミュ・・・」
意外に広い胸が目の前だ。どうしたらいいのか、展開について行けず目を白黒させるを、優しく抱き寄せる。
「、イヴにはそばにいてくれないかな」
「えっ、はっはいそりゃもぉ、喜んで・・・」
うろたえぶりを隠せない舞い上がった返答に、少し笑うと、顎を軽く持ち上げて。真っ赤になった頬に軽くキスをした。
「良かった。君とクリスマスを祝いたかったんだ」
そのまま軽くの身体を押して、一緒に歩き出す。
(こっこれは、告白も同然では!? でっでもカミュって、あんまりあっさりしすぎてよく分かんない・・・)
聞きただすわけにもいかず、何となく半端な気持ちで前に進む。
だけど、カミュのコートに包まれて、そのぬくもりと今までにない二人の距離に、胸はときめいた。
何と言っても、クリスマスイヴに二人で過ごせるという、最高の約束が出来たのだ。
「カミュって、意外にあったかいんだね」
氷の技を使うと聞いていたから、いつも寒い気を放っているのかと思っていた。
「凍気を操るのも、人を暖めるのも、小宇宙の使い方次第だからな」
「ふーん」
にはよく分からないのだろう。一般人だから当然だ。
だけれど・・・。
ビルの間を通り抜けながら、カミュは舞い乱れる雪たちを見るともなしに見ていた。
だけれど、同じ小宇宙なら、全てを凍りつかせるためより、たった一人の大切な人を暖めてあげるために使う方がずっといい。
こんな優しい気持ちも、当たり前の幸せも。全部、が教えてくれた。
イヴには、あの結晶にも似た小さなアクセサリーをプレゼントしよう。
そして、大切な気持ちを、伝えよう−。
Je t'aime − 愛していると。
・あとがき・
まだ正式には付き合っていない二人です。
カミュって、私の中ではすごい都会的で洗練されたイメージがあるんです。オシャレなビル立ち並ぶオシャレな街を、オシャレなコートとマフラーで歩いていくというような。みんなつい振り返っちゃう。
しかしかづなは都会的だとか洗練だとかオシャレだとかそういうのに無縁の、浜くさい北の町で生まれ育ったので、そういうイメージを表現することに自信はありません。いや故郷を愛してはいますが。そしてカミュは自然に愛の告白をしたり行動に移したりしそうだ。
車田先生もおっしゃってましたが、フランス人は世界一恋愛上手なのだそうで。一体何を基準に恋愛上手だとか下手だとか言うのか分かりませんけど、少なくともあまり照れたりしなさそうです。
まぁ基本はクールですから。ええ、強調しますけど、カミュといえばクールですから!!
でもストイックな感じはする。男なので欲がないわけはないけど、あまり執着しなさそうな。彼女が喜んでくれれば自分も満足、なタイプかな。・・・東シベリアにてノースリーブ&レッグウォーマー姿で弟子の指導していたカミュの姿から、どうしてこんなイメージが出来上がったのでしょう。
我ながらこの妄想力は謎です。すました顔してからかったり、言葉に出さないことが多かったりするので、ついカミュ側から見た表現が多くなりましたね。
きっと素敵なクリスマスイヴを二人で過ごすことでしょう。この前、例年よりはぐんと遅く初雪が降ったので、初雪をモチーフに何か書きたいな、と思っていました。
青森県に住んでいると言うと「冬は大雪が降るんでしょう」と言われますが、太平洋側の平地なのでビックリするほど降らないです。お蔭で雪に対してはロマンチックな想いを抱いていられます。
豪雪地帯なら、まさに雪との格闘の日々でしょうから。カミュドリームも、前よりは気負わずに書けるようになってきたみたい。この調子でいっぱい書きたいですね。
H15.11.26
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