あのときああしていたならば。
磨羯宮に足を踏み入れたとたん、酒の臭いが鼻をついた。は仮面の下の顔をしかめ、居住区まで歩いてゆく。
気配はそのまま、足音を殺すことすらせず。それなのに、ドアの向こう、何て無防備な背中を見せているのだろう。
黄金の聖闘士、山羊座のシュラともあろう者が。
無言で近付くと、彼もまた無言で顔を上げた。テーブルの上には酒瓶がいくつも転がっている。そしてシュラの手にも、瓶が握られていた。
シュラは尚も黙って、直接ぐいと酒をあおると、ゆらり立ち上がった。目が据わっている。ごろつきのようなその姿は、には滑稽にすら映ったものだが。
「・・・」
腕を掴まれる。その手からいつもの優しさが伝わって来ない。酔いのせいで力が暴走気味だと知った途端、乱暴に床へ引き倒され、組み敷かれた。
「バカ離れてよ、重いっ、酒くさい!」
顔をそむけ、腕を突っ張るが、シュラは答えず、服の上から体をさぐってくる。
「いい加減にして!」
は渾身の蹴りを食らわし、男を引き剥がした。
「・・・痛ぇ・・・」
さしたるダメージもなかろうが、壁にもたれかかり、腹をおさえる仕草をする。
はすっと立ち上がり、シュラの黒髪を見下ろした。
「黄金聖闘士が聞いて呆れるわ。今のあんたじゃ、私にも勝てやしない」
「・・・違いないな」
肩をひとつ揺らして笑う。ようやく上げた目からは、アルコール特有の狂気が抜けていた。
すがられているようで、どうにも切なくて、はシュラの隣にすとん、と座り込む。
「・・・あのとき、あの赤ん坊をアテナと認めていたならば・・・」
まるでうなるように、シュラは声を絞り出した。
「あのとき、アイオロスの言うことに耳を傾けていたならば」
ぐしゃり、短髪に指を潜らせる。
「あのときああしていたならば。そればかり、考えてしまう」
唇を引き結び、苦しそうに眉を寄せるシュラに、はどんな言葉を返せただろう。
あなたのせいじゃない。
聖戦は終わり、アイオロスも笑顔を見せてくれたのだから、もういいじゃない。
頭の中を通り過ぎてゆく、慰めの言葉たち。
結局、口に出せたのは、そのどれでもなかった。
「不遜だわ」
宮の反響で、必要以上に冷たく響いたことに自分で驚き、は今度は意識して声を優しくした。
「あのときああしていたならば・・・って、そう考えたくなることも、確かにあるけど。私たちは所詮、人間だもの。運命の女神たちには逆らえやしないのよ」
は仮面を取る。無造作に床に置くと、乾いた音がした。
「『あのときああしていたならば。』確かに、色々なことが違っていただろうけれど」
ゆっくりと、彼の方を向く。こうして素顔を晒す相手は、シュラを置いて他にはいない。
「私とシュラは、出会えなかったのかも知れない」
「・・・そうかな」
ため息のように呟きを落とし、やはり顔を上げないシュラに、は力強く頷いた。
「そうよ。運命だもの。一つ違ったら全部狂うわ。星の歴史も変わるくらいに」
真面目に論じる調子と、星まで持ち出す大仰さが、シュラの口もとにようやく笑みを運んだ。
運命なんて、あまり好きではないけれど。は、そのありふれた言葉に、慈愛と前に向かう力とを添えてくれた。
酒なんかよりもずっといい魔法だな。そう思うと、ついくぐもった笑いがこぼれる。不思議そうにしているを、おもむろに抱き寄せた。
両腕に閉じ込め、キスの直前で寸刻見つめる。普段冷たい仮面に隠されている瞳は、深く澄んでいた。
「もう、攻撃してくるなよ」
「今のシュラなら、おっけーよ」
ウインクでサインをくれる。軽く笑って、距離をつめた。
「すまなかったな、」
唇のぬくもりを長い時間分け合った。静かに、徐々に高まる情熱を待ちながら。
「シュラ・・・」
しがみつくように抱き返す。アルコールまで分けてもらったようで、でも心地いい。
ベッドにいざなわれれば、望みのまま身を横たえる。吐息と熱に直接触れて、は目を閉じたまま微笑んだ。
それが慰めや励ましになるなら、いくらでも抱いてくれていい。
持てるものすべて捧げよう−なぜかそんな気持ちになる。
シュラになら。シュラにだけ。
あのときああしていたならば。
そう、考えずにはいられない夜も、これからまだあるだろうけれど。
傍らの存在を、その愛しさを、決して忘れてはいけない。
「、ありがとう」
彼女の寝顔に軽く口づけ、自分も隣に横になる。
小さな寝息に誘われて、いつしか意識は夢の中へ。
・あとがき・
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
平成17年の初ドリームは、久しぶりのシュラです。リアルタイム時のシュラのイメージって、なぜか「酒好き、H好き」でした(笑)。ちょっと自堕落な感じだったのよね。
いやー何だろうね、ハマって最初のころに見た同人誌で、酒瓶持って酔っ払っているシュラに心奪われたからでしょうね。それでそのまま、アイオリアを襲ってしまう(アイオロスの面影をアイオリアの中に見て)というやおいマンガだったから、「酒好きでエッチ。」というシュラが私の中で固定してしまったんでしょうね。
彼女設定が出来たのもシュラが一番最初だったし、ラブストーリィもシュラのが一番多かったのです。
その、昔書いた話の中で、酔っ払って彼女を抱こうとしたシュラが、彼女の反撃に遭うというのがあったので、それを焼き直してみました。必然的に、女聖闘士設定で。
黄金聖闘士を返り討ち(?)にして、バシッと言ってやるドリームなんてのも、なかなかいいんじゃないかと思うんですが、どうでしょう。
「星の歴史を変える」というフレーズは、チャゲアスの「if」という歌から。甘くて大好きな歌です。しかし、お題のリストでこれを見たとき、正直、「「あのときああしていたならば。」って、イヤだなー」と思いました。好きじゃないんですよね、こういう言葉。最初のころのメモでも、このお題の隣に「って言葉は好きじゃない」と書いてある(笑)。
でも、シュラなんかはこう思わずにはいられないんじゃないかなと思い、シュラドリームにしてみました。そういえば100題書くのは久しぶりね。
こういうパターンのドリームは定番といいますか、いくつも書いていると思いますが、星矢で「全員生き返りました設定」だと、どうしてもこんな感じになっちゃうんですね。「過去のことは過去のこと、これからはちゃんと未来に生きてね」というような。
でもこれって大切なことだと思います。
「あのときああしていたならば。」って思わずにはいられないことがあっても、そればかりにとらわれていてはもったいない。
少しずつでも、前に進まなきゃいけないんだよね、私たちは。
H17.1.13
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