嗚呼、青春
「うわあ、重い!」
悲鳴をあげふらつくは、硬質の輝きを宿す聖衣・・・ペガサスの青銅聖衣に全身を固められている。
「こんなんじゃ動けないよ〜」
ヨロヨロと思うようにならないの格好が、さもおかしいといったように、星矢は腹を抱えて笑った。
「あっははは! だから言ったろ、小宇宙が目覚めないと、ただの重いヨロイに過ぎないんだって」
いつも星矢が使っている聖衣を、一度試着してみたい。思い切って頼んでみたに、星矢はずいぶん簡単にそれを貸してくれたものだが、こういうことだったとは。
「もうダメ〜」
はすっかりくたびれて、その場にぺたり座り込んでしまう。感じ取ったかのように青銅の聖衣は勝手に外れ、元の天馬となった。
「ふわぁー」
ほんの短い時間まとっただけなのに、汗ばんできた。窓からの潮風が気持ちいい。
星矢の住むヨットハウスが、は好きだった。
「でも、コイツもを気に入っているみたいだな」
相棒にするようにペガサスをぽんと叩き、星矢は笑ってみせた。
「そ、そうなの? そんなこと分かるの?」
「だってを拒否しなかったろ。合わない相手だったら、触られるのもいやがるはずさ」
「デリケートなのね、聖衣って」
そんな相手に、いやがられなかったのは嬉しい。
−星矢も同じだろうか−。屈託ない笑顔を向けられて、ふと思う。
星矢は他の女の子でもこんなふうなのだろうか。部屋に入れてくれて、いろんな楽しい話をしてくれて、聖衣まで貸してくれるのだろうか。
(私にだけだったら、いいのに)
そんなことを考えると、顔が熱くなってくる。
「暑い? もっと窓開けようか」
「うっううん、いいの。そうだ、今度は星矢がこれ着てみせてよ」
こんなに重いヨロイを身に付けて、本当に戦えるのだろうか。さっきの経験で、ますます不思議になってきた。
「じゃ外に行こうか。も暑いみたいだし、海に出れば涼しいから」
「うん」
確かに暑い。ただそれは、星矢といることで体の中に発生する熱なのだけれど。
一緒ならどこでも嬉しいから、は頷いた。
海辺に光の柱が立つ。
神々しいほどの光が星矢を包むと、もうそこにはペガサスの聖闘士が立っていた。
「ペガサス流星けーん! なんてな」
拳を繰り出す。本当にやったら危険なので、まねだけだ。
「すごい!」
身軽な動きもだが、をもっとも驚かしたのは、聖衣と星矢の一体感だった。
ペガサスの聖衣は、星矢の全身を覆った瞬間、まるで命を得たかのように生彩を放った。
聖衣は生き物だと、星矢が言っていた通りに。
星矢自身もまた、生き生きとカッコよく見える。
(星矢・・・)
胸が苦しい。つぶれそう。さっきとは別の理由で、ふらつきそうになった。
同級生の男の子なんて問題にならない。の好きな俳優やアーティストたちよりも。星矢は誰より輝いている。
戦いの宿命は過酷なはずなのに、自分の小宇宙を燃やして生きることが素晴らしいと言える星矢は、とても眩しい。
そんな彼と、一緒にいられたら。そばで見ていることだけでも、出来たなら。
「・・・ああ、太陽が、もうあんなに」
海の反対側に、今にも姿を隠そうとしている。目を離していると、すぐに角度が変わっている。
「夕陽か、よし走ろう!」
言うや否や、もう星矢は駆け出している。聖衣のまま。
何が何やら分からないが、置いてけぼりはいやなので、も慌てて追いかけた。
「待ってよー、なんで走るの!?」
「海に夕陽ときたら、走るモンだろー」
顔だけ振り返って、快活に言い放つ。黒髪はなびき、聖衣はきらきらしていた。
「そ、そうかな」
「そう! それで、叫ぶんだ」
走り続けながら星矢は前を向き、腹の底から声を出した。
「青春のバカヤロー!」
大声が、海に消えてゆく。
は早くもハアハアしながら、笑ってしまう。
「なにそれ」
古くさいドラマみたい。
「いいからもやってみな!」
立ち止まるとくるり海の方を向く。はゼエゼエ息をしながら、しゃがみこんでしまった。
「だらしがないなあ。俺なんてまだまだ走れるぜ」
「一緒にしないでよ。私はフツーのか弱い女の子なんだから」
「ヘェー」
からかうように。それから、手を差し出してくれる。
「ほら」
酸欠のようでくらくらしながら、はその手を取って立ち上がった。
星矢の顔が近くにある。熱を持ったてのひらに、ドキンとした。全身をカーッと血が駆け巡る。
「叫ぼうぜ! バカヤロー!!」
再び海の方を向いた。ただし、手は繋いだままで。
「ば、ばかやろー」
何がどうばかなのか知らないが、とりあえずやってみる。
大きな海に向かい声を出すのは、思った以上に爽快なものだった。
「意外に、気持ちいいね」
「だろ?」
ウインクしてみせる。その闊達さには弱い。
繋いだ手を、激しく意識している。
「バカヤロー!」
「バカヤロー!」
海に向かって、星矢とは叫び続ける。
夕陽が二人の背中にもたれ、砂浜へ長く影を伸ばした。
「バカヤロー!!」
嗚呼、青春。
・あとがき・
アンケート第7位の、星矢です。
星矢は「書いたことのないキャラ」ではなかったので、票が入ったとき悩んだんですけど、でもパラレルではないペガサスの聖闘士としての星矢を読みたいという意味かな? と解釈しそのままにしました。
何たって主人公だから。強調しなくちゃいけないわね。主人公だから!
このお題も学園モノパラレルで「フェンスの向こう」続編を書こうなどと思っていたのですが、星矢の年なら無理なく青春だわ、ということで普通のドリームにしました。
私、原作で星矢が美穂ちゃんに青春について語っているシーンが好きなんですよ。当時から強く印象に残っていた名場面。車田魂をぼんやり感じ取っていたんだと思う。
いかなる星の下に生まれようと、前向きで明るい星矢は本当に素敵な男の子だなと思います。
青春といえば海。星矢もヨットハウスに住んでいるというアニメ設定からこんな感じに。
紫龍とのドリーム「転んだ。」と同じ舞台ですね。
夕陽に向かって走るとか、海に「青春のバカヤロー」と叫ぶとか、そういう感覚を若い人たちに分かってもらえるかがイマイチ不安。
「嗚呼、青春」といえばこんなのが浮かぶ私は「スクールウォーズ」を見て育ったさ。
ああしかし、いいな。こういうほのかな恋心のドリームも大好き。「聖衣を試着してその重さにビックリする」というネタもかなり前からストックしておいたものです。本当はコスプレシリーズの仲間に加えたかったけれど、動けないようじゃコスプレとは言えないかな。
星矢も偉そうなことを言っていますが、最初に聖衣をまとったときの自分を忘れているのでしょうか(笑)。
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