アフタヌーンティー
「ラダマンティス様、お茶が入りました」
ソーサーに載せた口広のティーカップが、そっと置かれる。
机に向かっていたラダマンティスは、「うむ」と口の中で返事はしたものの、すぐに動きはしなかった。
仕事に一区切りをつけようと一心にペンを走らせている、その真剣な顔に、はぽうっと見とれてしまう。
やがて顔を上げ椅子を立ったので、慌てて目をカップにそらす。お茶から立ちのぼる湯気は、さっきよりずっと少なくなっていた。
紅茶は熱を逃がした方がおいしいので、飲みごろだろう。
ラダマンティスは、応接兼休憩用のソファに座り、カップを手に取る。
三巨頭のひとりにふさわしい、長身の堂々とした体躯を目で追いながら、はいつものように後ろに控えた。
ワイバーンの冥闘士に、秘書として仕えるようになってから、ひそかに恋い慕い、胸をときめかせている。
仕事をてきぱきと片付ける手腕、部下たちに見せる厳しい態度、短い言葉や声・・・どれを取っても、素敵の一言に尽きるのだった。
が、毎朝穴のあくほど鏡を見つめ、化粧や髪型、服装を整えることに多大な時間と労力をかけていることなんて、彼は知らないだろうけれど。
ラダマンティスは、静かに息をつき、一度カップをソーサーに戻した。
「うまいな」
ちらとも振り向かないから、どんな表情をしているのか分からなかったけれど、その声は優しい。
はそれだけで天にも昇る気持ちになり、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
「この間パンドラ様から渡された書類を出してくれ」
「はっはい」
自分では機敏に動いているつもりで、は棚に向かう。ところが、フォルダーに手をかけたら、他の書類まで引き出されてドサドサと床に落ちてしまった。
「ああっ」
散らばったファイルや紙を必死に拾い集める秘書に、ラダマンティスはため息をつく。呆れたように、しかしその表情は苦笑に近かった。
「もっ申し訳ありません。こちらです!」
最敬礼でフォルダーを差し出した。物言わず受け取られ、身の置き場もない心地だ。
実は、こんな失敗は日常茶飯事なのである。彼のことばかりを考えてボーッとしている、というわけでは決してない。は、生来どうにも不器用で要領の悪い娘なのだった。
「私、こんな失敗ばかりで・・・、困ってらっしゃいますよね」
ラダマンティスは、書類を広げながら、
「困るほどならとっくにクビにしている」
あっさりと答えた。
「でも私、とても秘書として役に立っているとは思えませんけど」
はうなだれたまま、ずっと考えていたことを思い切って口にした。
「どうしてラダマンティス様は、私なんかをおそばに仕えさせてくれているんですか」
有能な人は他にたくさんいるのに、なぜ?
手を止め、ラダマンティスは顔を上げた。
「お前の入れる茶がうまいからだ」
ドキドキしていたは、淡々とした声でのその内容に、拍子抜けしてしまう。
「・・・それだけ、ですか」
「不満か? お前は確かにトロいが、仕事は人並みに出来ている。他の奴らとは違って、俺には特別に優秀な秘書など必要ない」
確かに彼は、才覚にあふれた人だから、誰の手助けなくとも何でもこなせるのだろう。
の顔にじわじわ笑みが広がってゆく。仕事が人並みかどうかはともかく、おいしいお茶を入れられるというとりえがあって、本当に良かった。そのおかげで、敬愛するラダマンティス様のこんな近くにいられるのだから。
単純にも頬がゆるんでいるを、ラダマンティスは鷹揚に見やっていた。
いつも自分を追っている熱い視線に、気付かぬわけはない。冥闘士としての鋭さ以前に、一人の男として。
そのことを強く自覚した瞬間、ふっとある衝動が湧いた。
「本当のことを言えば」
「はい?」
浮かれていたは、いきなりラダマンティスが立ち上がったことにびっくりしてしまう。
「お前だからだ」
「ラダマンティス様」
正面からこんなに接近されたのは、初めてのこと。そしては、彼が今まで仕事中に決して見せはしなかった顔で、自分を見下ろしていることに気付いた。
いつも鋭い目の光も和らいで、口もともわずかほころんで。
もしかしたら、いつもお茶を飲んでいるとき、こんな表情をしているのかもしれない。
「お前だから、そばに置いておきたいと・・・公私混同だな」
自嘲のような言い訳のような調子に、は言葉の意味をすぐには掴めなかった。
問いただそうとしたところが、声を出せない。
軽くだけれど突然、抱き寄せられて。
「・・・」
息をのむ。これは夢? ずっと好きで、でも憧れで終わると思っていた相手の、腕の中にいるなんて!
それなのに感触と体温がリアルで、うっとり浸ることも許してはくれない。
「」
硬質の声に愛しさを込め、ラダマンティスは名を呼んだ。小さな体にそれ以上力を加えることが出来ず、目を伏せる。
「そばにいてくれ。秘書としてではなく」
包み込まれて幸せで、ただ小さく頷いた。
二人で過ごす初めての休日、プライベートルームには白のティーセットが支度されている。
ホームメードのスコーンにジャムを添え、ゴールデンルールにのっとり特別丁寧にお茶を入れて。
アフタヌーンティーのテーブルをはさんで、は大好きな人と向かい合っていた。
「ラダマンティス様、どうぞ」
「様づけはやめろ」
美しい紅の色で満たされた白いカップに目を落とし、は照れて笑う。
「でもいつもラダマンティス様って呼んでるから・・・」
それは可愛らしい仕草に映ったので、ラダマンティスはそれ以上言わず、お茶を傾けた。
は少し硬い面持ちで見守っている。
「・・・うまい」
その一言で、の緊張も和らいだ。
ゆっくりと味わう彼は、やっぱり、あの顔をしている。穏やかにくつろいでいる、優しい顔。
「毎日、心を込めて入れます。ラダマンティス様のために・・・ずっと」
気持ちが通じ合った二人は、微笑み合って。
紅茶の香りの中で、午後の大切な時間が、ゆっくりと流れてゆく。
・あとがき・
突発ラダマンティスドリームです。彼も私にとって案外書きやすいキャラのようで。私ね、紅茶が大好きなんですよ。
昔からコーヒーが苦手で。私にも飲めるモノはないかと、紅茶を試してみたのがきっかけでした。最初はストレートの紅茶なんておいしいと思えなかったけれど、だんだん好きになり、今では毎日飲んでいます。昔はリーフで入れていたけれど、今はスーパーで売っている安いティーパック。でも十分ですよ。ストレートか、牛乳でミルクティーにするか、牛乳とハチミツを入れるかして飲んでいます。
ある日、いつものように紅茶を飲みながら、紅茶をモチーフにしてドリームを書けないかな、とふと思いついて。だったらやっぱり英国人でしょ。じゃあラダマンティスでしょ。こんな感じで出来上がったおはなしです。
イギリスって食べ物はマズイとよく言うけれど、本当なのかな。
要領の悪い秘書って、アイアコスの「BAB」と同じなんだけど、扱いは天と地ほど違いますね(笑)。やっぱり小説書くカンが戻りきっていないせいなのか何なのか、途中で考え考え書きました。こんなに短い話なのにね。
最初はヒロインの一人称で書き始め、いやラダマンティス側からも書きたいと思い直し。書いているうち、仕事が本当に出来ないヒロイン(書類をどこにしまったのか忘れるくらい)になってしまい、本当にただのお茶くみで雇われているのってヒドいなあと思い直して、考えた末、書類をバラまいてしまう程度にし、「トロいけれど仕事は人並み」というセリフを言わせ・・・といった具合。
最初から「オフの日にもお前の紅茶を飲みたい」というセリフが浮かんでいたんだけれど、どうしてもラダマンティスに合わない気がしたので、割愛しました。やっぱりラダマンティスはあまり喋り過ぎない方がいいです。
テレ屋さんなラダマンティスを前に書いたけれど、今回は大人の余裕なラダマンティスのつもり。割と彼も色んな性格で書けますね。タイトルは「午後の紅茶」ですねえ(笑)。相変わらずセンスなしで。
午後の紅茶も紅茶花伝も好きです、私。
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