ひつじさんのパンケーキ
こまごまとした仕事を片づけていたら、すっかり昼時間を過ぎてしまった。
(貴鬼は、お腹を空かせているでしょうね)
空腹でグッタリしている弟子の姿を想像しながら、ムウは階段を上る。一番目の白羊宮、つまり自分の守護する宮に入ったとたん、なんともいえないいい匂いが漂ってきた。
ほのかに甘く、どこか懐かしい・・・そんな匂いが、香ばしさを乗せて宮中を満たしている。
「ムウさま、おかえりなさい!」
「おかえりなさい」
予想とは正反対の、元気な笑顔で迎えてくれた貴鬼のかたわらに、エプロン姿のがターナーを手に立っていた。
「来ていたんですね、」
微笑みながら、ムウもテーブルに近づく。貴鬼が食べ物を持った手を掲げてはしゃいだ声を上げた。
「ムウさま、これおいしいよ、パンケーキ!」
テーブルには巨大なホットプレートがドンと置いてあり、その中に白っぽい生地が広がっている。
「ごめんなさい、勝手にやっちゃって」
「いいえ、助かりました」
肩をすくめるに、軽く頭を下げる。弟子のことを心配していたので、ありがたかった。
「ムウも良かったらどうぞ。簡単なので悪いけど、冷蔵庫にある食材ってよく分からないものばかりだったから」
「ああ、食材ではないものも置いてありますからね」
さらり言い放ち、飲み物の用意のためキッチンに一度姿を消す。食材じゃないモノって何? とが突っ込む隙はなかった。
「おいしそうですね」
スパイス入りのお茶を置き、椅子にかける。
「貴鬼がいっぱい食べてくれるから、今生産が追いつかなくて」
「だってすごくおいしいんだもん」
「どんどん食べていいのよ! このホットプレートはお隣から借りたの」
「なるほど」
規格外れのサイズだが、アルデバランはこれを焼肉にでも使っているのだろうか。
「焼けたかな」
裏側を確かめてから、ぽんとひっくり返す。いい焼き色がついていた。パンケーキは丸くはなく、いびつな形をしている。
「何に見える?」
ムウが不思議そうにしているのを見て取って、いたずらっぽくは聞いた。どうやら遊び心で、形を作ったものらしい。
もこもこと、雲のような。ムウは思い至り、笑みを深めた。
「羊、ですか?」
「ムウさま大当たり!」
「今日は羊のパンケーキがテーマなのよね」
貴鬼とは「ねーっ」と、顔を合わせ笑っている。
「思ったようにはうまく出来ないんだけど、よく羊って分かったわね」
「あの星の並びから『牡羊』を連想するよりは、ずっとたやすいですよ」
夜空の星座を引き合いに出す。以前一緒に星を見に行ったとき、「牡羊座って全然羊に見えないわね」とが言ったことを思い出していた。
「はいっ焼けた!」
ムウの前に置いたお皿に、載せてあげる。天翔ける金色の羊には遠いかもしれないけれど、なんとも愛らしい羊の姿がそこにあった。
は次の生地を流し入れ、スプーンで伸ばしたりしながら新たな羊を形作るのに余念がない。
「いただきます」
貴鬼のしているように、手でちぎって口に運ぶ。少しもちもちしているので、フォークなどで食べるのは難しそうだ。
手作りのパンケーキは、素朴で、彼女の心そのもののようにほんわかしていた。
「・・・どう?」
心配そうな目で見守っている。ムウは思いのまま素直に応えた。
「優しい味がします。本当においしい」
「よかった!」
笑顔を輝かせて、は自分の分も頬張った。貴鬼も大きな口を開けて、ムウも少しずつ。形も大きさもばらばらの羊たちが、それぞれのお腹におさまっていく。
「おいら、こんなおいしいのはじめてだよ」
「ほめすぎよ貴鬼」
照れながら、も嬉しくないはずはない。
「これね、私のお母さんが、日曜日によく作ってくれたのよ」
「へえー、お母さんか、いいなー」
貴鬼はパンケーキとの顔とを交互に見ていたが、口の中でふとつぶやいた。
「おねえちゃんがお母さんだったらな・・・」
自分の思いつきに、大きな瞳をきらきらさせ、声を高くした。
「おねえちゃん、ムウさまのおよめさんになって、ここにすみなよ!」
「な、何言うの貴鬼ったら・・・」
思わずむせこんでしまう。ムウがそっと背中に手を添えてくれたので、ますます胸が詰まる心地だ。
「貴鬼、が困ってしまうでしょう」
いつものようにたしなめているムウの顔を、見ることができない。真っ赤になってしまって。
「えー、おいら、そんなヘンなこと、言ったかなあ・・・」
貴鬼は、の慌てぶりに首をかしげながら、羊のパンケーキにぱくついた。
後片付けをしている間に、貴鬼はソファですやすやと寝息を立て始めてしまった。
「お腹いっぱい食べて、眠くなってしまったんですね」
いつもは昼寝なんてさせてはいないけれど、今日は大目に見ることにして、ムウはタオルケットをかけてあげた。
「貴鬼も、まだまだお母さんに甘えたい年頃ですものね」
あどけない寝顔を眺め、はそうつぶやいたけれど、さっき貴鬼が言ったことを思い出してまた熱くなってしまう。
「本当は、私も貴鬼と同じ気持ちなんですよ」
「え・・・?」
少し顔を上げると、ムウが穏やかな顔をしてこちらを見てくれている。それは、が一番惹かれた、微笑だった。
「貴鬼のお母さんとして、という意味ではありませんが」
「ムウ・・・」
軽くだけれど確かに力がこもって、肩を抱き寄せられる。
パンケーキのふわんとした残り香が、鼻をかすめた。
そして唇にも、もっともっと甘いキスを。
「今度はホットプレートを買っておきますから、またパンケーキを焼いてくださいね」
「アルデバランのより大きなホットプレートにしてね。三人だとたくさん焼かなきゃいけないんだから」
ぬくもりに包まれたまま、のんびりと会話を交わしている。
ムウは微かにくすりと笑って、腕の中の愛しいに、もう一度口づけた。今度は唇にではなく、おでこに。
そして二人で目を閉じる。
貴鬼のことばかりは言えない、お腹が幸せの味で満たされれば、誰でも眠りのふちへと誘われてしまうものらしい。
「もっと上手な羊を作りたいわ・・・」
「型を作っておきましょうか・・・オリハルコンで」
「世界一ぜいたくな型だわね・・・」
何だか、お互いの声が遠くなって・・・。
夢の中にも、ひつじさんのパンケーキが出てきそう・・・。
・あとがき・
突発ですー、いきなり降ってまいりましたムウドリーム。
産休後のドリームは、書き上げるまでにかなり時間がかかっていましたが、これはすぐに書き上げることが出来ました。
ということは、小説書くカンが戻っていないとかそういう問題ではなく、単にネタによるのか・・・?
やっぱり、「降ってきた」ネタは強いんですね。
ムウ様って、自分では書きにくいキャラだと思っていたけれど、ネタ浮かんだらスラスラいけました。
食わず嫌いならぬ、書かず嫌いだったのかな?そもそも、我が家で毎週末には決まってホットケーキを昼食にしている、というところから出来た話です。
上の娘が、ホットケーキは大好きでよく食べるから、それに簡単だからということで、土曜日か日曜日にやるんですよ。ホットケーキミックスを混ぜ混ぜして、ホットプレートで焼いて、バターやはちみつを塗ってパクパク。
私は味覚がお子様なので、ホットケーキも大好物です。毎週でも飽きないもの。
それで、この間の日曜日にまた食べながら、ああ、ホットケーキをモチーフにしてドリームを書けないかなと思いついて。
やっぱり、ホットケーキといえば子供がらみだから、貴鬼? じゃあ自動的にムウ様ドリームだねって。ぽんぽんっと繋がっちゃった。
だから最初はホットケーキのつもりだったんだけど、パンケーキの方が手作りの感じがしていいかなと思ったのです。
かづなも小さいころから、母親のパンケーキをよく食べていました。
ご飯を炊き忘れたときなどに、小麦粉・卵・牛乳・砂糖・少々の塩を混ぜ、フライパンで焼いてくれたものです。ふくらし粉が入らないので、ぺたんこで、ちょっともちもちしているのよね。目分量のため、毎回味と食感が違うところもいいところ。
「パンケーキが大好きで、だからご飯を炊き忘れたとき、ラッキーだと思っていたんだよ」と母に初告白をしたら、「お母さんは、炊き忘れて申し訳ないと思いながら焼いていたのに」と言っていました。
あ、なんかパンケーキ食べたくなってきた。今度初挑戦してみようかな(実は自分で作ってみたことがない)。娘が好きなしゃぼん玉やカレイドスコープ(万華鏡)なんかもドリームに使ってみたいと常々思っているんですけど。
子供が無邪気に「ケッコンしなよ」なんて言うのはあまりにも使い古されたネタなんですけど。でも使い古されたネタをあえて使うというの、私は好きなんですよ。だからやっちゃいました。
「しろくまちゃんのほっとけーき」という絵本があるので、それをもじったかわいいタイトルが浮かびました。それに合わせ、あまり硬い漢字や熟語は使わないようにしました。冒頭は当初「雑務」という言葉を使おうと思ったけれど、そういうわけで「こまごまとした仕事」に変更したのです。
H16.10.13
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