レッスン
人馬宮の外で、何を眺めているのだろう。無造作に腰掛けて、両手を徒に組んで。
風になぶられる短髪と凛々しい横顔を、はうっとり見つめていた。『アイオロス』が風神の名だと知ってから、彼と風との関係について、もっとよく観察するようになった。
アイオロスに風はよく似合う。激しいほど強く吹くのも、優しい微風も−。
「ねえ、何を考え込んでいるの?」
こちらの気配になんか、とっくに気付いているくせに。の方がウズウズしてしまって、ひょいと顔を出した。
「いや、ちょっとな」
果たしてアイオロスは驚きもせず、普段の笑顔を向けてくれる。
やっぱり風を纏っている。この笑顔に、はドキドキしっぱなしなのに。
「聞かせてよ」
ちゃっかり隣に座るは、アイオロスが苦笑に似た表情をこぼしたことには気付かなかった。
「・・・そうだなぁ・・・、ほら、俺って、14才で死んだのに、今27才だろ」
「うん」
アテナを守るために逆賊と言われたまま命を落とし、先の聖戦後、みんなに紛れドサクサ(?)で生き返った際、どういうわけか27才になっていた。亡くなっていた間分の年を、いっきに取ってしまったことになる。
そんな信じがたいような話を、聞かされてはいた。けれどは直接その事件に接していないこともあり、アイオロスのことは『赤ちゃんだったアテナを救った英雄』、そして今はもっと身近な憧れの存在としてしか認識してはいない。
「何て言うか、27って年齢に追いつかない部分があって、そのギャップが最近・・・」
ため息なんてついている。歯切れの悪さにも、は少し驚いた。こんな彼って、珍しい。
「そっか・・・」
アイオロスのいつも朗らかな面しか知らなかったけれど。何事に対しても笑っていそうな彼でも、やっぱり悩みや、大変だと思うことがあるんだ。
力になれないまでも、話を聞いてあげられたら。
「仕事、大変だもんね。もしかしてコキ使われてる?」
の脳裏には鬼のような形相でムチを振り下ろす(むしろアイオロスを投げ飛ばす?)シオンの図が、パノラマで展開されていた。
「あ、いやいや」
見透かしたかのように、アイオロスは笑う。
「そういうんじゃなくて。例えば・・・例えばだよ、好きな女の子が出来たとき、その子は当然『27才の男』を求めるわけだ」
好きな女の子。何気もない言葉でも、アイオロスの口から聞くと息が止まりそうになる。
しかしその内容の俗っぽさに、力が抜けてしまったのも事実だった。
「女の子なんて、そんなこと考えてたの。真面目な顔して」
高邁な精神を持った最強の英雄−遠くから見ていたときのそんなイメージは、近付くほどにどんどんラフに崩されてゆく。・・・それゆえに親しみ、特別な気持ちを抱くまでになったのだけれど。
「俺にとっては大問題なんだぞ。キスもしたことないんだから」
(キ、キスっ)
そんな単語をこんな真顔で言われると、一人で熱くなっているのが恥ずかしくなる。更に悪いことに、アイオロスは心もち顔を寄せ、間近で見つめてきた。
「だったら、どう? キスも出来ない27の男って」
「ど、どうって」
「付き合いたいと思う? やっぱり考えてしまわないか?」
「いやあ・・・」
そんなに近寄られたら、ますます顔が赤くなってしまう。はどうにか目を逸らし、景色を見るふりをして正面を向いた。
「あのー、やっぱり中身の問題だと思うし。キス・・・とか、したことなくても、アイオロスは中身がいいから大丈夫だよ」
付け加えれば、外見だっておつりが来るくらいいいし。
「・・・そうかぁ?」
腑に落ちないようだ。本音だったけれど、わざとらしかったかも知れない。
「そんなに気になるなら、練習すればいいじゃない」
元気づけようと馬鹿な思い付きを口にして、笑顔を向ける。アイオロスは不意をつかれたような顔をしたけれど、それも一瞬で、ふっと笑った。どこか企みのあるような笑みだった。
「いい考えだ。じゃ早速」
「あの・・・」
考える暇もなく、アイオロスがもっと近付いてきた。今までで一番、接近している。反射的に目をつぶった直後、口に、柔らかいものが、軽く触れた。
「・・・・」
それは本当に刹那のことで、何が何だか分からなくて。
口元を押さえ、真っ赤な顔して相手を見上げる。
「も、初めてだった?」
アイオロスも、心なしか赤くなっている。
「う、うん」
今更、心臓が爆発しそう。
それからも相変わらずは人馬宮に遊びに行ったりしていたけれど、別れ際にはいつも『練習』をした。
「今日も、しよっか」
「・・・ん」
軽くつま先立ちになると、彼は屈んで、キスをする。そうでなければ、最初の日のように、二人並んで座って口づける。
肩に手を置くことはあるけれど、決してそれ以上は触れることなく、いつもすっぱりと、アイオロスはを解放した。
「じゃあまた」
にっこり笑顔で手を振り、何事もなかったように。
「うん。バイバイ」
も、装った。
これはただの練習で、それ以上の意味は何もないから・・・。
アイオロスのキスは確かに慣れて上手になっていて。疼きが、いつまでも唇の上に留まるほどに。
比例するように、胸が苦しい。
その胸を押さえ、は、ようやく息をした。
心の中頭の中、全部、アイオロスでいっぱいだ−。
「・・・やだ、もうやだ!」
「」
唇噛んで振り向いて、無我夢中でしがみつく。
「練習なんて、もうやだぁ!」
精一杯受け止めながら、その気持ちを汲み取り、アイオロスは頬を緩めた。
「俺も、もうやめようと思ってた」
恐る恐る顔を上げるを、安心させるように抱きしめる。心を込めて、抱きしめる。
「俺、前からのこと好きだったから。あのとき考えていたのものことだったし、キスだって、本当は毎回本気だったんだ」
「・・・あ・・・」
あまりの嬉しさに、何も言えない。
「俺と付き合ってくれないかな。まだまだ『なんちゃって27才』だけど、キスは上手くなったよ」
冗談のようだけれどストレートな告白に、照れ混じりの笑顔を咲かせた。
「あ、あたしも、ずっと、好きだったの」
もう、どうしようもないくらいに。
あとは言葉はいらない。自然に、目を閉じた。
幾度となく重ねたはずの唇に、痺れが走る。まるで初めてのときみたいに。
そしてアイオロスの両腕に抱かれて、は、柔らかな風に包まれているような感覚の中にいた。
優しく攫って、離さないで。
「今日は、キスから先もしていい? 練習ナシのぶっつけ本番だけど」
小さな声に、微かな頷きで応える。
二人の姿は、人馬宮の中に消えていった。
・あとがき・
先に白状しちゃいますが、パクリですこれ。病院で待ち時間に読んでいた少女漫画で、こういう、キスの練習をする偽装カップルという話があったんです。最後にはもちろん、本当に気持ちが芽生えてめでたしめでたしなんだけど、「キスの練習」ってなんかドキドキするなぁと。
堂々とパクることに決め、これを星矢ドリームにしようとしたとき、自然と浮かんだのがアイオロスでした。ちょうどそのとき、アイオロスの夢も見たし。アイオロスにおんぶされて、雪の中歩いていくという夢。アイオロスの背中にぴったりと・・・きゃーもう嬉しかったったら。
アイオロスが27才の自分というギャップに悩んでいる、というのは、後から付け加えたエピソード。
私、最初にあまり考えずにアイオロスもみんなと一緒に復活、しかも27才になっていた、って設定にしたんだけど、いきなり生き返ってしかもいきなり青春ふっとばして27才になっていたアイオロスの気持ちってどうだろ。
深くは考えられないから、考えないことにするけど、今回はそれを少し使わせてもらいました。
私自身も「大人」といわれる年齢になってから久しいですが、実年齢と中身とのギャップにとても悩んでいました、最近まで。近頃は少し吹っ切れたかな。
年を重ねても、なかなか大人になれないなあって。
ずっと死んでいたアイオロスなら尚更思い悩むよね。・・・しかし彼も悩むなんてことがあったんだなぁ。
「のこと好きだけど、果たしてうそっこ27才の俺が彼女とうまくやっていけるだろうか?」などと考えていたらしい。
童虎は逆のパターンでまた悩みそう(笑)。今回は、何となく漢字を多用してみました。
アイオロス相手だと、つい言葉が崩れてしまうんだけど、それでもちょっと風にからめ、爽やかで神話的な雰囲気を出してみたかったので。アイオロスはリアルタイム時はどうとも思っていなかった。だって特殊な立場じゃないですか。回想か幽霊(?)でしか登場しないし。
でも最近、ドリームで書くようになったら、急上昇で好きになりましたよ!
もちろん性格なんかは私が勝手に作ったもので、それに対して愛を感じているというわけなんだけど。
だからアイオロスドリームって多いですね。これからもまた書きたいです。
H16.2.3
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