この遊びを恋とわらって
(い、家だ・・・よかった)
大きな門の前に立って、はほーっと安堵のため息を吐く。刺すように吹き付ける雪交じりの風で、その息も瞬時に凍りそうだ。
ここは北欧の国、アスガルド。聖域で教皇に仕えるは、オーディーンの地上代行者ヒルダのもとへ、教皇の遣いとしてやって来たのだが、見事に迷ってしまった。日も落ちかけると、さすがの気丈なも泣きたくなってくる。
そんなとき、この大きなお屋敷にたどり着いたのだった。
鍵もかかっていない錆びた門に手をかけると、簡単に開いた。人の手が入っている様子はないし、窓という窓を見上げても灯りひとつついていない。今は使われていない建物と見て間違いないだろう。それでも、夜闇の迫り来ている今、少なくとも屋根のある場所を見つけたことは、にとって大いに心強いことだった。
「・・・おじゃまします・・・」
一応、口の中でつぶやいてみる。ドアがすんなりと開いたことを喜びつつ家の中に入った。
今や荒れ果てた廃墟に過ぎないが、かつてはかなりの栄華を誇ったお屋敷だったのだろう。窓や階段の凝った装飾や、間取りの広さなどに、その名残りを見て取れる。
(・・・?)
は立ち止まった。耳をそばだてる。気配・・・?
身構えたときにはもう囲まれていた。
「ウウ・・・」
「グルル・・・」
(狼!?)
しかも大群だ。多くの飢えた狼たちが、その双眸をらんらんと光らせて、ひた迫ってくる。
ここは狼たちのねじろだったのか・・・!?
無防備に足を踏み入れたことを後悔してももう遅い。は声にならない叫びを上げた。体中から血の気がさっと引いていく。
「ウウウ・・・」
群れの中から、ひときわ大きく美しい、銀色の狼が前に出た。リーダーなのだろう。
低いうなり声で威嚇され、野性の眼で射抜かれれば、はもう動けない。恐怖にすくんで身じろぎ一つ取れないのだった。
「ウウ・・・」
リーダーは、他の狼に、今しも合図を送ろうとしている。そう、に襲い掛かる合図を。
張り詰めた緊張の糸が、を縛りつける。
(・・・殺される!)
そのとき。
「まて、ギング!」
唐突に、人の声が制止をかけた。狼たちはザッと退く。
はその場にへたり込んだ。がちがちと歯の根が合わない。震えながらも声がした方を向いた。
中央の階段の上、吹き抜けになっている手すりに片手をかけた、細身でしなやかな男のシルエット。北の弱い太陽が最後に放つ赤い光を窓から背に受けて、それは精悍な立ち姿だった。
「おまえはだれだ」
誰何の声には、苛立ちにも似た鋭さがあった。まるで何物をも寄せ付けない、触れたもの全てを傷つけるナイフのような。
それでも、命が助かった、そして人がいたということは、をホッとさせるのには十分な事実だった。
ようやく立ち上がり、改めて見上げる。逆光になっているので顔はよく見えないが、髪は伸ばしっぱなしで、その身には毛皮やありあわせの古布を服としてまとっているようだった。ワイルドないでたちというのか、少なくとも、普通にぬくぬくと暮らしている感じではない。
「わ、私は。ギリシアの聖域から来ました。ワルハラ宮殿へ行くのに、迷ってしまって」
男が、手すりを乗り越えてほとんど音もなく着地したので、は言を継ぐのを忘れてしまった。仕事柄、聖闘士たちを間近で見る機会が多いが、こんな身のこなしをする人は初めてだ。その身軽さは、さながら剽悍な獣のよう。そう、まるで、この狼たちのような。
「・・・そうか、迷ったのか」
目の前に立ったことで、初めて男の顔がしっかり見えた。
切れ長の金の瞳は、硬質の光をたたえている。対して髪は銀色、狼たちのリーダーと同じだと気付いた。どこか幼さの残る顔立ちなのに、険しさが刻まれている。
そして、その陰が、を捕らえて放さない。強く惹かれてゆく自覚があった。
普段、聖域で、たくさんの素敵な人と接しているのに。こんな気持ちになったことは、今までなかった。
・・・一目ぼれ。
そんな言葉がひとりでに浮かんだとき、心臓がドキドキ言い始める。
「オレはフェンリル。こっちはギングだ」
いつの間にかそばに来ていたリーダー狼を抱き寄せ、彼はそう名乗った。まるで親しい友人のように、狼をも紹介したのだった。
「ギング、は喰うな。分かったな」
大真面目にそう言い聞かせている。・・・やはり狼たち、自分を喰うつもりだったのか・・・。
改めて、無事で良かったと思う。
「明日になってから、ワルハラの近くまで連れていってやる」
彼から目が離せない。は、言われたことにただ頷いた。
フェンリルは、幼い頃から狼たちと共に暮らしているのだと語った。
ギングや他の狼たちとの接し方、彼の所作などを見ても、その話に偽りがないことは分かる。
今、みんなで食べている夕飯にしてもそうだ。『オレたちは火は苦手だから、あぶるなら自分でやってくれ』と、生肉を一かたまり手渡された。は、非常時に備えてキャンプ用のミニコンロを持ってきていた用意周到さを自分でほめずにはいられなかった。
かくして、だけはこんがりいい匂いのする肉にありついたが、狼たちはもちろん、フェンリルも生のままをかじっているのだった。
「お腹、壊したりしないの?」
おそるおそる聞いてみたが、
「なんでだ?」
と返されて終わった。
それにしても、狼たちと一緒の夕食とは奇妙なことになったものだ。
ぎらつく眼をあからさまにこちらへ向けている狼も数頭いる。『こんな肉よりも、おまえの方がうまそうだ』などと思っているのかも知れない。
背筋の辺りがもぞもぞする気がして、何度も背後を振り返ってしまうだった。
「落ち着かないのか」
「う、うん。さすがにね」
フェンリルは少し笑った。
「何となく分かる。オレも前にちょっとだけ人間たちの中にいたことがあったけど、居心地悪かった。やっぱりオレはここでギングたちといる方がいい」
でも、あなただって人間じゃないの。は思ったが、口には出せなかった。
フェンリルにとって狼たちこそが同胞なのだ。
ちょうどが聖域で聖闘士たちと関わりながら暮らすのが楽しいように、端から見れば異様とすらいえるこんな生活が、彼にとっては一番なのだろう。
住む世界が違う、なんて生易しいものではない。これはまるで種族が違うのと同じことだ。
根本から違う・・・彼と自分とでは。
そう思い至ったとき、は、何とも言えない寂しい気持ちに襲われたのだった。
夜になり、は一室を借りて横になった。
毛皮や古い服、元はカーテンだったとおぼしき布など、与えられたありったけで体をくるんでも、暖房もない北欧の冷気はしんと身にしみてくる。
だが、は、フェンリルが自分のために精一杯してくれているのを分かっていた。この部屋だって、屋敷の中では一番いい部屋なのだろうし、毛皮やら古布にしたってそうだ。
そんな彼の思いやりに対し、不平不満など洩らせるものではない。
同じ屋根の下にあんなにたくさんの狼たちがいると思えば、確かにぞっとしないが、はフェンリルを信じてもいた。彼の顔を思い浮かべるだけで、安心できるようだった。
自分で自分を抱きしめるようにして、ようやく、ウトウトし始めた頃・・・
(・・・?)
何かを感じて、夢現から引き戻される。
・・・いる。しかも、すぐそばに。
金縛りに遭ったように動けない。体中に冷や汗がわき出る感覚に、我慢ならなかった。
息をつめる。少しでも動いたり音を立てたら、その瞬間にのどぶえを貫かれるであろう恐怖に、おそれおののいた。
(・・・イヤ・・・っ)
「・・・起きたのか」
耳元で聞こえたのは、狼のうなり声ではなく。抑揚のない、フェンリルの囁きだった。
体中の力が抜けてゆく。
ようやく、静かに目を開けると、彼の顔が思った以上に近くにあったもので、またびっくりしてしまう。
フェンリルは、の体に覆い被さるようにして、じっと間近で顔を見つめていたのだった。
「起こすつもりは、なかった」
少しも悪びれない調子に、はこの状況を判断しかねた。
真夜中、女性が眠っているところに忍び込んだ男が取る態度とは思えないほど、フェンリルは泰然としている。
「どうして、こんな時間に、こんなところで・・・なっ、何をするつもりなの」
やはり、男のところに泊まってタダで済むはずはなかったのか。
確かにときめきは感じたけれど、夜這いなどされるのは本意ではない。
腕を自分の胸に引き寄せ、警戒の目を向けるが、フェンリルはの危惧にはまるっきり気付いていないようだった。
「どうしてか、分からない」
どこかぼんやりと、あくまで自分のペースで。
「ただ、おまえの近くでおまえを見たかっただけだ。でも、見てたら、触りたくなった。触ってもいいか?」
「えっ、いやあの・・・」
あまりのことに、何も言えない。
拒否しないのを許諾と解したか、フェンリルは手を伸ばし、のふわりとした髪に、そして頬に耳に、触れてきた。
最初は、壊れ物にするように、こわごわと。感触を確かめながら、徐々に遠慮をなくしてゆく。
「すべすべしてて、柔らかいな」
顔を伏せて、頬をぺろりと舐めた。
「きゃっ」
小さい悲鳴にはじかれたように、フェンリルは顔を上げる。
「・・・ダメか? ギングにはよくこうされるんだ」
暗くて微妙な表情まではよく見えないけれど、その声にはまるで叱られた子供のようなおびえがあった。
は、可笑しくなってしまう。狼と同じなんて。
「・・・いいよ」
フェンリルの背中を、ぽんぽんと軽く叩いてあげる。
こうして近くにいると、ドキドキする。まるで戯れだけれど、思うままにされてもいい。
フェンリルは喜んで、夢中で舐め始める。顔や首筋、次には腕を。
まったく意図はないにしても、それはいやでもの官能を呼び覚ます行為だった。思いがけない愛撫に、知らずのうち、息が上がる。
「・・・ギングは、そんな色んなところを舐めるの?」
「いや、そうじゃないけど」
舐めたいから舐めているだけ。全て、本能の赴くままに。
「・・・あ」
とうとう、声を上げてしまう。
いつの間にか服のボタンを外され、肌をあらわにされている。気付いてはいたけれど、にはそれをとどめる気持ちはなかった。
もうすでに、快楽へと誘われていたのだから。
・・・もしかしたら、確信犯だったのかも。でももうどちらでも構わない。
「柔らかい・・・」
自分にはない胸の膨らみに舌を這わせ、フェンリルはつぶやいた。が反応を示せば、そこを繰り返し舐めた。執拗なほどに。
途中で口を離し、はあっ、と熱い息を吐く。その小さな刺激すら過敏に受け取ってしまうほど、は溺れていた。
「こうしていると、苦しくなってくる。なんか、心臓がおかしくなったみたいだ。どうしたんだろ・・・」
フェンリルは、その状態を言い表す単語を持たないのだろう。
だがは知っている。恐らくは彼と全く同じであろう、この気持ち。
ただの遊びにも似た、こんな営みにも、その名をつけて・・・。
くすぐったさと不思議さをわらってもいい。
恋とわらって。
いつしか身を覆うものは何もなくなって、肌と肌とを直に触れ合わせていた。でも、寒さはさほど感じない。
ひっきりなしに与えられる刺激に、それどころではないから。
「、いいにおいがする。細くて小さくて・・・」
フェンリルの夢中の声に目を開ける。さっきよりずっとくっきりと彼の姿が見えることに、軽い驚きを覚えた。
「・・・あっ」
幾度となく襲い来る快感に背をそらす。逆さまに見える窓から、大きな月が顔を覗かせていた。
この月に、照らされている。は少し恥ずかしくなった。
「・・・・・・」
うわごとのように何度も名を呼び、身体をすり寄せてくる。そして、フェンリルはの肩に手をかけ、そのままうつぶせにさせた。
無防備なうなじから背中に唇を下ろしてゆく。もう、体のどこにも、彼に触れられていない場所などなかった。
次には、腰に手を回され、引き上げられた。ちょうど四つんばいの格好にされる。その背に、フェンリルが寄り添ってきた。
「フェンリル・・・」
けだるく名を呼ぶ。
「雄と雌は、こういうふうにしてる。・・・人間はどうか知らないけど」
同じく熱っぽい声を聞き、そしてはフェンリルを受け入れた。
今まで続いた愛撫は長すぎるほどで、それを待ち焦がれてすらいたのだった。
「あ・・・あ!」
「く、苦しいのか・・・?」
大きな声が、フェンリルを心配させたことに気付き、はふるふると首を振る。
「ううん・・・気持ちいいだけ・・・すごく・・・」
「オレも、きもちいい」
狼みたい。
は、どっかに飛びそうな意識の中で、ぼんやりと思っていた。
裸で、罪もなくこんなふうにして、大きな声を上げている二人は、狼みたいだ。
好きな人とこうしていると、誰でも獣になるのだと、知った。
うっすらと目を開けると、窓の月が、明るく滲んでいた。
そのまま眠らずじゃれ合って、気紛れな遊びを繰り返す。何度も何度も繰り返す。
窓から月は消え、ほの白い光が差し込んでくるまで。
「人間と一緒にいて、こんなに気持ちいいのは初めてだ」
フェンリルはの胸に顔を埋め、目を閉じた。
「ずっと、と、こうしてたい・・・」
「うん、私も」
偽らざる本心だった。
そしてキスを交わす。これは、がフェンリルに教えた、人間らしい愛の表現だった。
気が付くと、は毛皮やらの寝床にくるまって寝ていた。
やけに寒いと思ったら、ずっとそばにあった体温が失われている。フェンリルが、いないのだ。
のろりと身を起こす。頭や、体のところどころに鈍い痛みがあった。
一睡もせずに朝を迎えた後、さすがに押し寄せてくる眠気に逆らえなくなり、すっかり眠りこけていたらしい。一体どのくらい寝ていたのだろう。窓の外は明るいけれど。
「フェンリル?」
少し不安になって名を呼ぶと、応えるようにドアが開いて、フェンリルがギングと共に入ってきた。
「、おはよう」
その声も表情も、不思議に晴れ晴れとしている。フェンリルは楽しいことを思いついた子供のような笑顔で、の足もとにひざまずいた。
「、オレとケッコンしてくれ」
「へっ?」
我ながら間抜けな声が出てしまった。
フェンリルの瞳は真剣そのものだ。
「ギングも、おまえの言うことには何でも従うって言ってくれている。ギングが従うってことは、狼たちみんなが従うってことだ」
ギングを撫でながら、「どうだ、すごいことだろう」と言わんばかりのフェンリルに、は何も返せない。
ギングは、『よろしく』というように、に前足を差し出した。
「でっ、でも」
とりあえずギングと握手をしながら、は困り果てた声を出した。
「そんないきなり・・・ものには順序ってものが・・・」
昨日知り合ったばかりでプロポーズなんて。
の狼狽が、フェンリルには心外だった。みるみる不機嫌そうな顔になる。
「ずっと一緒にいたいって、も言ったじゃないか。あれはウソだったのか」
「ウ、ウソじゃないけど」
彼は素直なだけに短気だ。それに、怒り出したらきっと手をつけられない。は、出来るだけフェンリルを刺激しない言い回しを工夫しなくてはならなかった。
「あの、準備とか都合とか色々あるし、とりあえず私はワルハラ宮殿へ行かなきゃ。将来のことは、ゆっくり考えようよ。ねっ」
「イヤだ! どこにも行かせない。はずっとオレといるんだ!」
まるでだだっこだ。
フェンリルはにがばっと抱きついた。離さないとばかりに抱きしめて、覚えたばかりのキスをいくつも浴びせる。
「フェンリル〜」
「ワルハラになんか連れて行かない。一人じゃ行けっこないさ。途中で凍え死んじゃうんだぞ。それがイヤならオレとケッコンしろ!」
今度は脅迫めいてきた。でもあまり迫力はない。感情的で必死で、そんな彼を可愛く思えた。
「困ったなあ。私が行かないと、聖域の方でもヒルダ様の方でも、心配するわ。きっと探しに来るわよ」
「そんなこと知るか!」
キスの範囲が広がってきた。体重をかけられ、押し倒される。
「やぁん!」
「行ってしまったら、もう帰ってこないんだろ。おまえもオレのことを捨てるんだろ!」
「フェンリル・・・?」
「ずっと人間なんてキライだった。信じてなかった。人間同士で、こんな思いができるなんて、知らなかったんだ・・・」
愛しい気持ち、恋のときめき、性の快楽、幸せな気分・・・。
そういった言葉すら、フェンリルは知らない。
なんて、哀しい。思いを伝えるための言葉がこんなに足りないなんて。
フェンリルは、言葉で足りない分を補うかのように体をすり寄せ、口と手で触れてくる。
「人間はキライだったけど、のことは好きだ。こうしているのが好きだ。だからここにいてくれ。ケッコンしてくれ」
一方的な告白と荒々しいほどの愛撫は、どんな甘い口説き文句よりもの胸には響いた。
肉体的な歓楽と相まって、最上の夢心地へと運んでくれる。
「な?」
「・・・ん・・・それも、いいかな・・・」
気の迷いと・・・遊びだと、人にはわらわれるだろうか。
だったらせめて、恋と呼んでわらってほしい。
その日の昼過ぎに、早速、ワルハラ宮よりの使者がやってきた。
「久しぶりだなフェンリル。相変わらず元気そうで、安心したよ」
「シド・・・」
シドと呼ばれた男は、に礼を取る。
そんな仕草も服装も、全て洗練されており、品の良い人だと感じた。
「さんですね。ヒルダ様の命により、あなたをお探ししておりました。さあ参りましょう」
「イヤだ! は渡さない!」
フェンリルの体中に殺気がみなぎった。呼応するように、狼たちが集まってくる。
あまたのうなり声に囲まれて、それでもシドは悠然と微笑んでいた。
「フェンリルも一緒に来ないか。たまには顔を見せたらいい。ヒルダ様もきみのことを気にかけておられたぞ」
「ヒ、ヒルダ様が・・・」
ヒルダの優しい顔を思い浮かべたら、力が抜けた。狼たちも緊張を解く。
そんなフェンリルを見て、は微笑んだ。人を信じられないなんて、ウソでしょ、と。
「一緒に行こうよ、フェンリル」
「あ、ああ・・・」
結局、ギングだけを供に、フェンリルもついて行くことにした。
二人のことを悟ったであろうシドは、それでも表情や態度には何も表さない。好奇心をあらわにするなんて、卑しいことだと思っているからだ。
「なぁ、ケッコンしてくれるだろ?」
シドの後を、フェンリルとギングと三人(?)で並んで歩いている。
道すがら、そんなことを言い出してくるので、は困惑してしまった。
シドにも絶対、聞こえている。彼は聞こえないふりをしてくれているけれど、それがかえって恥ずかしい。
はフェンリルの袖を引いて、その耳もとに囁いた。
とたん、フェンリルの顔はぱっと明るくなり、足取り軽くシドに追いつく。
「がオレと一緒にいてくれるってさ!」
「そうか、それは何よりだ」
返事には、隠し切れなかった笑いが滲んでいる。は顔から火が出そうだった。耳打ちの意味がまるでない。
(ま、いいか)
フェンリルはあんなに嬉しそうなんだから。
「いくぞーギング」
体中喜びが駆け巡って、いてもたってもいられないのだろう。フェンリルはシドを追い抜いて駆け出した。ギングももちろんついて行く。
「あんな顔は、初めて見た」
ひとりごとのように言って、それからシドは、を振り返った。
「さんのお蔭ですね」
「いっいえ、そんな」
どうリアクションしたものか。
シドは、足を止めて、体ごと振り向いた。
「私もフェンリルも、神闘士として辛い戦いを経験しました。そしてフェンリルは、やはり人間と一緒にはいたくないと、今でもああやって狼たちと暮らしています」
「あ・・・フェンリルも、神闘士だったの・・・」
神闘士と青銅聖闘士たちとの戦いについては、も聞き及んでいた。ハーデスとの聖戦後、神闘士たちも生き返ったことも。
だが、フェンリルが神闘士だったとは。
「さん」
彼のまとっているマントが、冷たい風になびき、優美なドレープを描いている。は、それにぼっと見とれていた。
「フェンリルを、幸せにしてやってください」
「は、はあ・・・昨日会ったばかりですけど」
弁解がましく言うと、シドは笑った。それまでのワルハラの使者としてではない、友人のような笑顔だった。
「あいつは、そんなこと全く問題にしていないようですけどね」
今度は、も笑う。
「そうですね」
そして、それは自分も同じことだ。
「!」
なかなか追いついてこない二人のところに引き返してきたフェンリルが、シドの前であることも憚らず、に抱きついた。
「ヒルダ様に会ったら、すぐ帰ろう。なっ!」
「ち、ちょっとフェンリル・・・」
「フェンリル、人前ではそんなことをしないものだぞ。さんも困っている」
さすがに見とがめてシドがたしなめると、フェンリルは素直に手を離した。
これでは先が思いやられる。一緒に住むにしろ、結婚するにしろ、今日すぐってわけにはいかないと、どうやって伝えたらいいものか。
フェンリルの邪気ない顔を見上げて、苦笑いのだった。
・あとがき・
フェンリル、神闘士では三番目に好き。リアルタイム時、かなり彼に対してラブを感じていました。
野性的な感じがステキだなぁと。
でも、アニメを見て、かなりベラベラ喋る人だったというのが意外だった。狼に育てられたんだから、無口なのかと思っていたのに。
アスガルド編は資料が少ないので、ウロ覚えの私の記憶&アスガルド編を扱ったサイトさんを参考にして書いています。違うところがあったらゴメンナサイ。DVDが発売されたら、直していくかも。フェンリルって、ある意味とっても無垢なのかな。人間同士ぶつかり合いながら成長する、という、普通の人が経験することをしてないんだもの。
いい意味でも、悪い意味でも。
だからちょっと子供みたいです。
ハーデス編後、例に漏れず生き返ったわけですが、人間不信はそう簡単には治らなかったらしい。モトネタが、私がずーっと昔に頭の中で組み立てていたやおいネタ(!)だったため、ちょっとアダルトになっております。
でも、あまりえっちに書きたくなかったの・・・。すごいエロエロを期待してた方にはごめんなさい。
冒頭、狼に襲われる(狼にエッチなことされそうになる)というのも考えたけど、控えておきました。獣姦ネタとはマニアック。初めて顔を合わせたときのフェンリル側の心理描写をしなかったけど、きっとフェンリルも、ちゃんに一目ぼれだったのです。
そうじゃなきゃ、夕食をご馳走してくれたり、泊めてくれたりしないでしょう。男が迷いこんでも、平気で外に追い出しそうだ、フェンリル。ラストはとめどなく続きそうだったので、いいくらいのところで終わらせました。シドすごいいい人だ。いや、実際いい人なんだろうけど。
バドも出そうかと思ったんだけど、出せなかったな。さてこの後、二人はどうなるでしょう。
1、早速今日からあの屋敷に住む。
2、二人でヒルダのもとで働くことにして、新しい家に住む。
3、フェンリルが狼たちを連れて聖域に越してくる。
4、しばらくは遠距離恋愛を続ける。
どれがいいかな(笑)。タイトルはCHARAから。
H15.6.5
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