足跡をたどって
足跡をたどって、歩いてゆく。
波打ち際、砂の上。
自分の足を重ね、広い歩幅に合わせて跳ねる−そんな子供じみた真似にはじき飽いた。大きな足跡の隣に、小さなサンダルの跡を残して歩む。
やがてたどり着いた浜辺には、広い背の後ろ姿。
ただ海に向かい、淡い色の長髪を風になびかせて。
何を想っているのだろう?
邪魔をするのは本意でなかったが、気配は海の音などで消されるものでもなく。
彼−カノンは、無造作に振り向いた。
「・・・」
はロングスカートの裾を軽くさばいて、隣に立つ。
カノンは、所在なさげに海へと視線を戻した。
「サガのところに行かないのか」
「きれいな海。いい場所知ってるのね」
怒っているような声は意図的に黙殺して、は風に流れる髪を軽くおさえる仕草をする。
カノンが何も答えないので、その端正な横顔を見上げ笑った。
「海が、好きなのね」
「好き? ・・・そりゃあ、うんざりするほどにな」
口を歪めて吐き捨てる。
実兄の手によって、海の中に幽閉された。海の底で抱いた邪な野望は、いく人もの犠牲者を出したのち、泡のようについえた。皮肉のように答えたくもなる。
は、カノンのそんな過去も気持ちも、全てを知っていた。
兄と一応和解し、アテナにも許され、海闘士たちも全員が生き返ったからといって、苦々しい傷は簡単に消えやしないのだろう。
「でも、惹かれるんでしょ?」
青い海へいちずに注がれるカノンの瞳には、迷いも曇りもない。
彼がこうしてひとり、砂に足跡を残しつつ海へと出向くのも、憎しみと同じくらいの愛情を持っているから・・・それはちょうど、双子の兄へ対する想いと似ている・・・。にはそんなふうに思えてならないのだった。
「アテナの愛を知ったのも、この海でなんだし」
始まりも終わりも、善も悪も、愛も憎しみも。大海原は全てをのみこんで、今なお悠々とうねりを繰り返している。
「愛、か」
カノンは初めて、こちらを向いた。
を見つめ、まじめな表情のまま口を開く。
「もう一度聞くが、サガのところに行かなくていいのか?」
受けては、笑みを薄く浮かべた。
「行かないと言ったら・・・カノンの隣にいると言ったら、どうするの?」
試すつもりも、ましてからかうつもりなどない。強いていうなら、それは気弱な確認に過ぎなかった。
「さらっていくさ」
有無を言わせない強い力で、引き寄せる。
「を、海の中にさらってく」
海の音が、一段、高く響いた。
波に逆らい、ざぶざぶと海の中に歩を進める。
カノンには膝くらいでも、は既に大腿まで水に浸かっていた。スカートだってびしょ濡れだ。
だけれど構わない。怖くもない。
望むなら、海底にだってついて行こう。
「」
波がぶつかり、飛沫がはねる。
海水にさらされながら、はカノンの腕の中にいた。
ほとんど乱暴といえた強引さで唇を奪われ、目を閉じる。平衡感覚を失いかけて、カノンに身体をすっかり委ねた。
繰り返す波音に、胸の鼓動がシンクロする。押し寄せてくる気持ちも、波に似て引き切らず抗えない−。
「・・・ずっと好きだった」
カノンの瞳は、海そのもののようで。
「おまえが欲しい」
荒々しく抱きしめ、狂おしいキスをした。
「カノン・・・ずっと待っていたわ、そう言ってくれるのを・・・」
引きずり込まれて溺れてく。海の一番深いところまで。
身体を開き、精神を解き放てば、一体化できるような感覚に、心地よく揺れる。
「愛してる・・・」
大切な言葉が、海の水のように染みて、全身を満たした。
足跡をたどって、砂の上を歩いてゆく。
いずれ辿り着くあの場所で、貴方に会えるはず。
海を前にして、今日は笑ってくれるだろうか?
足跡をたどって。
・あとがき・
ネタ自体はしばらく前からあったものです。
海といえばカノンよね!
海のおはなしを書くのは大好きなので、自然に浮かびました。
それと、強引なカノンを書きたかったのです。
結構、強引にされるというのにときめくもので。
前から考えていた内容に、タイトルを100のお題から割り当ててみました。こういうのでもアリかしら?ちゃんは、ちょっと大人っぽいヒロインです。みんなから憧れられるような、素敵な大人の女性ってイメージで。
カノンはサガに対してコンプレックスがあるみたいで、ちゃんもサガを好きなんだろう、と勝手に思い込んでいたらしい。短く、詩のような感じで書いてみました。
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