アメジストドリーム
「今、何て言ったの? アルベリッヒ」
ビュウビュウと冷たく吹き荒れる風のせいで、何かを聞き誤ったのかと思った。だからは、わざと大きな声を出して聞き返した。
「王になる、と言ったのさ」
不敵に笑うアルベリッヒの口からは、さっきと同じ言葉が聞こえてきた。
「地上の全てを、この俺の前にひざまずかせてやる」
グリーンの瞳を妖しくひらめかせて、アルベリッヒはにじり、と近付いた。背後の樹木にぶつかり、は逃げ場をなくす。
「一体何を企んでいるの・・・」
思い至ることがあり、はっとする。
「ヒルダ様がお変わりになったことと何か関係があるのね、そうでしょう!?」
は、代々オーディンの地上代行者に仕える家系に生まれた巫女である。
優しく気高いヒルダを敬愛しよく仕えていたのだが、数日前からのヒルダの異変に、心を痛めていたところだった。
ヒルダは、オーディンの地上代行者としての務めである祈りを放棄し、伝説の神闘士を集め−その中にアルベリッヒもいる−、日の当たる国に力でもって侵攻しようとしているのだ。
「お前は知らなくていいことだ。それより、喜んだらどうだ。地上が俺たちのものになるんだぞ」
「俺たちのって」
「王になった俺の隣こそ、お前に相応しい場所だ」
更に接近されて眉をひそめる。逃れようとしたところが、手首をつかみ上げられ叶わなかった。
「お前は俺の妻になるんだから・・・」
「そんなの親同士が勝手に決めたことじゃない!」
はアルベリッヒのいわゆる許婚にされていた。本人は決して認めてはいなかったけれど。
アルベリッヒは少なからずムッとする。
「何が不満だというんだ。アルベリッヒ家は由緒ある家柄だし、俺はアスガルド一の頭脳の持ち主だ。お前の夫として申し分ない・・・むしろもったいないくらいだと思うがな」
一体どこから来るのだろう、この人のこの自信は。
「この地上全てを俺とお前のものにするんだ」
「そんなバカな話・・・」
痛いほど握られた手首を振りほどこうとするのも許されない。
身長差こそほとんどないが、やはり男の力には抗し得ないのだと思い知らされた。
「、お前は俺のものだ」
力ずくで後ろの木に押し付けられ、強引な口づけをされる。
「・・・や・・・っ!」
反射的に噛み付いてやると、アルベリッヒは驚いた顔をしてバッと離れた。口の端に流れる血を手の甲でぬぐい、怒りをこめた目でにらみつける。
「ちっ・・・やはりおとなしくさせておくしかないな」
手のひらを上に向け差し出すと、ぽうっと紫色の光が集まった。
「・・・あ!」
足が動かない。慌てて見下ろすと、の両足に紫色の水晶がまとわりつき固まってゆくのだった。
「いやっアルベリッヒ何をするの!?」
アメジストはの胸辺りまで達し、足のみならず両手の動きまで完全に奪い去ってしまう。
「そこで待ってろ。目覚めたときには、この俺様が地上に君臨しているさ」
「アルベリッヒ・・・」
体の力が・・・精気が吸い取られてゆく。魔の紫水晶によって。
無力なには、抗うすべもない。
それでも、まだ声は出せる。
「あんたの思う通りになるはずはないわ・・・」
「まだそんな目で俺を見るのか」
のあごに手をかける。
「もう、噛んだりするな。・・・いや、できないか」
くくっと短く笑い、再び口づける。もはや動けないの唇を、思う存分凌辱した。
紫水晶だけではなく、そのキスからも力を抜かれてゆくよう・・・。
悔しくて情けなくて、涙が出てくる。
寒風吹きすさぶ中で、触れ合っている唇と、後から後から溢れ出る涙だけが熱を持っていた。
「卑怯・・・者・・・っ。動けなくしておいて、こんな・・・こんな・・・」
ようやく唇を解放され、嗚咽にむせびながら罵りの言葉を浴びせる。
アルベリッヒは今度は怒らなかった。ただそっと、の涙を指先でぬぐってやった。
「こうでもしなきゃ、お前は触れさせてくれない・・・俺のものになってくれない・・・何故だ・・・」
「・・・アルベリッヒ・・・?」
かすれてゆく視界の中で、アルベリッヒの瞳がやけに悲しい色をしていた。の心までもアメジストに染めるように。
「この世の全て・・・眩しい太陽も、豊かな緑も・・・全部、お前にやる。そうしたら、俺を好きになってくれるだろ。愛してくれるだろ・・・」
の耳に届いてはいまい。既に彼女は目を閉じて、首をうなだれていたから。
「お前を愛してる、」
両手でそっと頬を包み、もう一度だけ、キスをした。
☆☆☆☆
アルベリッヒは、地上の王などにはなれなかった。
全てが終わり、平和が戻って、は心から安堵していた。
「俺の野望もついえてしまったか・・・あっけないものだな」
窓の外を眺めるふりをして苦々しくつぶやく。そんなアルベリッヒを見て、は少し笑った。
きまりの悪い思いをしているのが、手に取るように分かるからだ。
「ヒルダ様にお許しをいただけたんだから、良かったじゃないの」
ヒルダも元の優しいヒルダに戻り、生き返った神闘士たちを喜んでワルハラ宮殿へ迎えた。そして、アルベリッヒにも、慈悲深い言葉をかけてくれたのだ。
「だけど、お前は許してくれないんだろうな。あんなことをした俺のことを」
「・・・あんたがバカなのは知ってるわよ昔から」
「何だとっ」
本気で腹を立てているアルベリッヒの前に進み、は笑った。
「そばにいてあげるわ。腐れ縁だし、あんたがまた悪いことを企まないようにね」
「そうか、やっぱりお前も俺のことを好きだったんだな」
「そんなことは言ってないでしょ!」
最初の言葉しか聞こえていなかったらしい。あまりに都合の良い耳に、呆れてしまう。
本当にこの人、アスガルド一の頭脳の持ち主なのだろうか。
「照れることはない。そうだ、いいことを思いついたぞ」
ニヤリと笑うアルベリッヒにいやな予感を覚える。
この人の思いつく『いいこと』が、ろくなことであったためしはないのだ。
「二人で、優秀な子供を作ろう」
「はっ?」
あまりにとっぴなことを言われて、固まってしまう。その隙にもう迫られている。
「そうすれば互いの家の繁栄のため、ひいてはアスガルドのためになる。ヒルダ様もお喜びになるだろう。どうだ、完璧な計算だろ?」
「計算ってちょっと」
は、さっき『そばにいる』と言ってしまったことをちょっと後悔した。
「成り上がり者には絶対に出来ないことだしな。よし、決めた」
「勝手に決めないでよー!」
それでも、前のように強くつっぱねる気にはなれない。何故だろう。
抱きしめられてキスをされて、いつの間にかうっとり身を委ねている。
アルベリッヒがの体をさぐり始めたとき、さすがには抵抗を示した。
「いやっ・・・清い体じゃなくなったら、もう巫女として働けないのよ!」
間近で、アルベリッヒは笑った。
「俺がもらってやるんだから、何も問題はない」
そのままソファに寝かされる。の華奢な肢体に、アルベリッヒの小柄な体が重なる。
「、お前のことが好きだ」
俺のものになれ、とか、妻として相応しい女だ、とか、そんな高圧的な言葉なら、今まで幾度となく聞かされてきたけれど。
「アルベリッヒ・・・」
初めて聞く素朴でストレートな言葉に、じんとくる。
「地上を手に入れられなかったけど・・・陽の当たる場所も何も、お前にやれなかったけど」
アルベリッヒの左目を見て、ははっきりと知った。
本当はこの瞳に惹かれていた。ずっと昔から。
素直じゃなかったのは、自分の方だ。彼の心の寂しさにだって、本当は気付いていたはずなのに。
「・・・そんなの、いらない」
指で紫水晶の髪を梳き、右の目も見つめる。
「太陽ぎらぎらの南国よりも、このアスガルドがいいわ。だってここは、私たちの故郷じゃないの」
「・・・」
「それに、地上の王なんかよりも、アルベリッヒはそのままがいい」
「・・・そうか?」
「うん」
ふに落ちないような顔をしているアルベリッヒに、微笑みかける。
「そのままのアルベリッヒが、好き」
アルベリッヒは笑った。子供のように嬉しそうに、笑った。
「じゃあ、をこのまま、もらうぞ」
「仕方ないなあ」
ふっと笑って、力を抜いて。紫水晶の魔力に、がんじがらめにされたって構わない。
二人、しっかり抱き合って、アメジストの夢の中へと。
・あとがき・
神闘士の中では一番好きなアルベリッヒのドリームを書いてみました。
昔、こんな小説を書いたことがあるの。その断片をアレンジして出来上がったお話かな。
「海底邂逅」での後悔(?)を踏まえ、今回は生き返ったところまでちゃんと書いたよ。神闘士ももちろん全員生き返った設定!
後半部分の流れは細かくは決めず、アルベリッヒとちゃんに任せようと思って書いたら、いきなりアルベリッヒが「子供作ろう」などと言い出したので私も笑ってしまいました。
アルベリッヒって、なんか可愛いんですよね。小柄なところも可愛いし、「ホントにアタマいいの?」とツッコみたくなるようなところも可愛い。
そんな私の想いで、ちょっとバカっぽくなってしまいました・・・。人の話聞かないし。
なんかね、パプワのグンマ博士みたいなんだよね。ガンマ団で一番頭いい人と、アスガルドで一番頭いい人(笑)。グンちゃんもアルベリッヒも声が同じだから、余計にね。風小次の項羽&小龍も同じ声だけど、彼らは別(当たり前)。
話は横道にそれましたが。今回、ちゃんはヒルダに仕える巫女さんという設定です。家柄もよろしいらしく、アルベリッヒとは幼なじみの許婚。ちょっと気の強い女の子です。
「アルベリッヒ」って苗字なんだろうけど、ファーストネームが明らかにされていないのでそのまんまアルベリッヒと呼ばせました。幼なじみにファミリーネームで呼ばれるのって・・・(デスマスクドリームのあとがきでもこんなこと書いてたな)。私は、どうも、主役の男性と対等の立場にヒロインを据えるというのが好きらしいですね。黄金聖闘士のドリームもほとんどそうだし。
よそのドリームを読むと、メイドさん設定などが多く、相手を「様」づけで呼んでいたりするのよね。そんなのもいいけど、何となく、呼び捨てで友達のように接しているというのに憧れてしまいます。
でもメイドさんもいいなぁ。うん。今度書くかな。黄金聖闘士以外のドリームもたくさん書きたいです。
海闘士とか冥闘士も書きたいね♪
でもカーサやライミやゼーロスのドリームは書かない気がする(笑)。
神闘士は美形揃いだなぁ、そういえば。モスバーガーで昼食食べながら書きました。食べ終わってもまだねばって書いていました。デザートにケーキまで食べてしまいました。おいしかったです。
タイトルはいいのが浮かばなかったのでストレートにつけました。センス無しです。
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