あなたの、一番に。
春の匂いをいっぱいはらんだ風が少し強く吹いて、花びらと埃を舞わせる。はぎゅっと目をつぶった。傍らを歩く人の服の端をつかむ。はぐれないように。
−どこにも行かないで、そばにいて−
思いは通じたのに、恋は実ったのに。
どうしてこんなに不安になるんだろう。
「どうしたんじゃ? 」
彼はこんなに優しいのに。
「目にゴミでも入ったのか? どれ、見せてみい」
人を避けるように手を引いて、脇に連れて来てくれた。
大きな温かい手で頬に触れられるのを感じて、そっと目を開けると、心配そうな顔がすぐそばにあった。
「大丈夫・・・ありがと童虎」
ゴミを捜すためにアカンベさせようとしている手をやんわりと止めて、は微笑んでみせた。
「そうか。少し、ここで休んでいくかの」
この言葉づかいと外見とのギャップにも、だいぶ慣れた。
最初は『ジジくさい!』といちいちツッコんでいたが、長年の習慣なんじゃから仕方ないじゃろ、と平然と言われればもう返す言葉もない。
「ほれ、桜もキレイじゃ」
頭上を指さされて、初めて大きな桜の木のもとに立っていることに気付く。
見上げれば、空のほとんどを覆う淡い色が、昼下がりの陽光に包まれ輝いている。眩しくて、は手をかざした。
満開の花の下、二人きり−。
そう、二人きり。
周りにはこんなにたくさんの花見客がいて、賑やかにそぞろ歩いているのに。
まるで桜ごと切り離されて、童虎と二人きりの空間に置かれたような。
そんな錯覚が、を寂しくも楽しい気分にさせる。
彼も同じ気持ちでいるかな?
少しの期待を添えて見上げると、童虎はニコニコとして、通りすがりの若い女の子たちのグループに手を振っているのだった。
「童虎っ!」
鋭く呼んでも、笑顔はそのままに「ん?」と見下ろしてくる。
は頭を抱えた。
いつだって童虎はこうだ。『ただの挨拶じゃよ』『ただの友達じゃよ』・・・そんな言葉に嘘などなく、本当にただ人当たりが良いだけだと、頭では分かっているけれど・・・。
−人の気持ちも知らないで−
「」
強めに肩を抱き寄せられて、胸が大きく鼓動する。
この絶妙のタイミング、不意打ちでずるい。怒れなくなってしまうから。
「と花見か・・・こんなふうな春を迎えられるなんて、嬉しいのう」
「童虎は、何年も・・・それこそ200年以上も、ずっと五老峰にいたんだもんね」
“春”という季節を、幾度越えてきたのだろう。
童虎の生きてきた中で、自分が存在する期間というのは、本当にほんのわずかなのだと、改めて思い知らされる。
長い長い・・・、の知らない、時間・・・。
嫉妬している。道行く女の子たちに。過去に。そして、今、彼の視線を独り占めしている桜にまでも。
悠然と桜を見上げている、その横顔が遠く見えて、不意に泣きたくなってくる。
不思議な心の動きに、は戸惑うばかりだった。
桜が、あやしく情緒をかき乱す−。そんな秘密にも、未だ気付かぬまま。
ただ、すがるように腕を引いた。
黙ってこちらを向いてくれた、その笑顔にようやくホッとする。同時に空間も時間も、元に戻った。人のざわめきが耳に届き、風の流れは優しく髪を揺らす。
「そろそろ行くか。腹減ったじゃろ?」
童顔がますます幼く見える、この笑顔。これで260年ほども余裕で生きているなんて、サギだ。
そしてまた、が一番惹かれたのも、この笑顔だった。
「・・・そうだね」
彼の一番になりたい。
ただそれだけが願いだ。
なれるだろうか? なっているだろうか?
どこか掴みどころがなくて、いつも飄々としている、そんな童虎の一番に。
−なりたいな−
「あ、そうだ、ちょっと耳貸して」
内緒話のフリをして誘いをかける。「何じゃ?」と腰をかがめてくれたそのスキに、素早く軽く、口づけを。
唇と唇が触れたとき、ぱっと桜がはじけ飛んだ。
「なっ何するんじゃ、いきなりこんなとこで・・・」
童虎の珍しい慌てぶりに、は満開の笑顔を咲かせる。
「今どき、これくらいフツーよ!」
形勢逆転、一本取った!
は先に桜の下を飛び出し、ミニスカートをひらりとさせながら振り返った。
「早く行こ! 童虎のオゴリね」
「・・・かなわんのォ、には」
自分の黒髪にくしゃっと手をやり、苦笑いの童虎だった。
−もうとっくに、が一番じゃよ−
二人はじゃれ合いながら、桜のトンネルの下を歩き出す。
あなたの、一番に。
一番に、なりたいな。
・あとがき・
お花見企画を知ったときにはすでに締め切りが近く、急いで張り切って書きました。
童虎のドリームを書いたのは初めてです。あっ、言う間でもないですが、脱皮後です。
脱皮後の童虎はカッコ良くて素敵ですねv大好きです。早くハーデス編のDVDでも、見たいなぁ。参加させていただいて、ありがとうございました。
H15.4.3
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